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まぁ、そんな感じでいきましょう。


一つ歳を重ねるタビに一つ荷物が増える。
気が付かないうちにその重さに倒れることもあるだろう。
タビは度であり足袋であり旅。
行く道の高低の激しさが旅であり。
その道の激しさに擦り切れるのが足袋。
その度に道に迷い新たな道を探す。


――― 「タビ」 ―――


先日、知り合いが亡くなられた。
祖母の友人でもあったその人には、私も良くしてもらったものだ。
子供の頃のことではあるが、自分が知っている人が亡くなるのは寂しいものだ。
年齢から考えれば悲しむのは間違いかもしれない。
しかし、悲しさや寂しさは理屈ではない。
感情は数式ではなく、内から込み上げる本能に近い衝動なのだから。

町、いや規模で言えば村のような所に私は住んでいる。
その村全体が沈んでいる。
例えなくても、流れている空気のようなモノが、だ。
しっかりと肌で感じられる。
その人が亡くなったのだと。

私の祖母が亡くなった時の事を、私は覚えていない。
おぼろげには、式の様子や弔問に訪れた人に挨拶をした事は思い出せる。
その時も、きっと村の空気は沈んでいたのだろうと、今は思う。

人の死、いや生物の死でいい。
何かしらの生と死に触れるのは、今、必要なことなのではないだろうか。
安易に命を失う世の中を見ていると、そんな事を考えてしまう。

一つ歳を重ねる。
その度に溜息をつく歳になった。
願わくば私の旅の終わりには、くたびれて擦り切れた足袋が壁に掛かっているといい。

そう思いを綴り、今日の日記を静かに閉じた。


居間へ降り、仏前に座る。
姿勢を正し線香を点ける。
電気を点けない薄暗い部屋に、線香の小さな、とても小さな光がともる。
ツンとくる匂いが部屋の中に漂う。
手を合わせ、頭を軽く下げ、静かに祈り、願い、話をした。

背中越しに、夕飯に呼ぶ声が聞こえる。
誰が亡くなっても、何処かで災害が起きても。
今の私の生活は変わる事はない。

ゆっくりと立ち上がり、家族の待つ食卓へと向かって行った。




明るいニュースが見たいし、明るいニュースが身近に欲しい。
自分でそうなるように、努力もしたい。
頑張れ自分。

そんなことを思いつつ、生きております。

ま、元気です。

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